「じゃあ、大垣さんによろしくね、私、温泉へ行ったら手紙出すわ」
「きっとね。私も明日すぐちゃんとした所書をあげるから、帰って気が向いたら、家へ来て頂戴」
 さようならと云ったら、それが永久のさようならとなりそうな、異様に淋しい気が房にした。
 彼女は、頭で、
「じゃあ」
と会釈し、外へ出た。
 毎日晴れ渡った初夏の日が続いた。廊下の西窓から、夕方、目の醒めるような夕栄えが展望された。房はその空のように広々し、同時に物寂しかった。国の傍の温泉へ十日も行き、須田へ戻る計画であった。志野から、やっと三日目、房が明日出るという日に手紙が来た。水色角封筒の裏に、つぼみ、志野よりとしてある。房は、なかをよんだ。
「そちらにいるうちに、本当にいろいろ御厄介になりました。厚くお礼申します。生みの姉のような御親切、決して決して忘れません。こちらは、家が急に都合悪く、隣の家に貸間のあったのを幸、そこへ一先ず落付きました。二間あります。やっぱり間借りですが、スイト・ホームよ。どうかお体を御大切に、大垣さんからよろしくということです」
 房は、表裏をかえし、封筒の中まであらためたが、所書は出て来なかった。



底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「女性」
  1926(大正15)年7月号
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年1月23日公開
2003年6月29日修正
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