も辛辣だな。いくつに見えます」
「そうね、二十七? 八?――とにかく五以上でしょう」
「うまく当てたわね、七よ。私と四つ違い」
 房は何となしひとりでに微笑が唇に浮ぶのを感じた。
 大垣は十一時頃までいた。志野は、階子口まで送って戻ると、いきなり房に感想を求めた。
「ね一寸、どう? あの人」
「どうって――こないだうちよくあなた行ったの、あの人んところ?」
 志野は、眼に輝きを遺したまま合点した。
「どう思う?」
「何として、どうかっていうの?」
「意地悪!」
 二人笑った。
「ね、真面目にさ」
 房は、志野がこの間、恍惚《うっとり》として考えながら呟いた言葉を思い出した。
「だって――もう、あれなんじゃあない? お互にすっかり定ってるんでしょ?」
 志野は案外そうな顔をした。
「分る?――あなたに」
「いやあよ、あんな口利て誰だって……」
「本当?――私もう云っちゃおう! ね、私もう、直きあの人と結婚するのよ、多分」
「――……大丈夫なの、どんな人だか知らないけど」
「局だって皆いい、面白い人だって云ってたわ――そりゃ」
 志野はほんの少し悄気《しょげ》た。
「今はまだ月給だって少しだけど、どうせ私なんぞ、これから共稼ぎでやりあげる人でなくちゃ駄目だもん。――それにね、私ぜひあの人と結婚しなけりゃ困るのよ」
 房は、不安を感じて、思わず志野を見た。
「ほらあの――こないだうるさく来た男ね、もと下で働いていたっていう。――若し大垣さんと一緒になれないと、私あの男と夫婦にならなけりゃならないかも知れないんですもの……」
 多公《たあこう》と呼ばれた多十郎に、志野は、今大垣にきかせていた琴と、被いのメリンスの布を買って貰ったのであった。
「私、大垣さんとの方が先約だって云って頑張ってるのよ」
 次に大垣の処へよって帰って来ると、志野は浮々房に囁いた。
「一寸! 純吉さんたら、あなた、活のいい果物みたいで好きだって云ってたわよ」
「まあ、いやだ」
 志野は冗談とも本気ともとれる調子で警告した。
「あなた、あの人が好きにでもなったら、私絶交しちゃうわよ、よくて」
 大垣も度々訪ねて来た。彼等は房のいることを忘れたように噪《はしゃ》ぐことが多かった。気がつくと、大垣は、
「やあ、失敬失敬!」
などと、謝った。
「君も一つ対手をさがし給えよ、どうも、遠慮があって、僕等が困ります
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