顔つきで戻って来た。
「かあさん、あの人、黄色い葉っぱ描いてるよ」
 おとなしやかな母親、それに答えず悠《ゆっ》くり床几から立った。
「あ、そろそろお池の方を廻って帰りましょうか」

 水浅黄っぽい小紋の着物、肉づきのよい体に吸いつけたように着、黒繻子の丸帯をしめた濃化粧、洋髪の女。庭下駄を重そうに運んで男二人のつれで歩いて来た。
「どっちへ行こうかね」
「――どちらでも……」
 女、描いた眉と眼元のパッと、秋草より遙に強く人間を意識した表情で大東屋の方を眺め佇んだ。
「そっちへ廻ろうか、じゃあ」
 人影ないそっちの小径には、葉茂みの片側だけ午後の斜光に照し出された蜀葵の紅い花がある。男の一人、歩きつつ莨《たばこ》に火をつけた。

 鳥打帽の若者は、まだ下絵を描いている。写生の日傘も動かない。ほんの少し風が渡り、夥しい草の葉が、軟い音、細い音、いろいろに鳴った。

 急に、広庭つづきの叢のかげが賑かになった。多勢人の来る気勢《けはい》。
「――本当に、さぞまあ百花園さんも喜んでおりますでしょうよ」
 浮々した年増の声が、がやがや云う男の間に際立って響いた。丸髷のその女を先頭にフロック・
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