こんなに慾張りゃがって。いい気なもんだね」
一寸森とした。誰かが低い声で、問題になった
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※[#歌記号、1−3−28]初秋や名も文月の恋の謎
[#ここで字下げ終わり]
と口誦んだ。
さっきから、あっちの小高い亭《ちん》にも、鳥打帽をかぶった若者が頻りに楽焼の下絵を描いている。たった一人で、前に木版ずりの粉本を置き、余念ない姿だ。亭のまわりの尾花がくれにそれが見える。
写生の日傘と、東屋との間の道を、百花園と染抜いた袢纏の男が通る。続いて子供づれの夫婦が来かかった。
「お父さん、あんなトンネル、おうちにもあるといいね」
「うん」
「拵えてね」
「お家は狭いから駄目ですよ」
「ふーん」
父親、カメラを出した。
「さ、そこへ姉ちゃんとお並び」
六つばかりのその息子と十位の姉、雁来紅を背景にして、ポーズする。
「僕もよ、僕もチャチン」
姉娘が、母の手許からすりぬけて来た末子を、
「坊やちゃん、ここよ」
と自分の前に立たす。パチン。
男の子はすぐ歩き出して、写生している傘の中を覗いた。紙の上と実物の雁来紅の植込みとを、幾度も幾度も見較べた揚句、些か腑に落ちぬ
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