百花園
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)三十一文字《みそひともじ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)※[#歌記号、1−3−28]
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紫苑が咲き乱れている。
小逕の方へ日傘をさしかけ人目を遮りながら、若い女が雁来紅を根気よく写生していた。十月の日光が、乾いた木の葉と秋草の香を仄かにまきちらす。土は黒くつめたい。百花園の床几。
大東屋の彼方の端で、一日がかりで来ているらしい前掛に羽織姿の男が七八人噪いでいる。
「おや、しゃれたものを描くんだね、三十一文字《みそひともじ》かい」
楽焼の絵筆を手に持ったままわざわざ立って来、床几にあがって皿にかがみこんでいる仲間をのぞき込んだ。
「何だって――初秋や、名も文月の? なあんこった! だから俺は源公なんか連れて来るなあ厭だって云ったんだよ、始めっから」
別な声が、わざと分別くさそうに云う。
「憤んなさんなよ。まだお前にゃあ、この味は分らないとさ」
「ハッハッ、ひとの皿ばかり覗いてないで、自分の前を片づけろよ、いいかげんに」
「なあんだ、一枚も描いてないのか、
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