――そんなこといったってお前――」
幾枝は、膝をかがめるようにし、尚子の腕ごしに眼頭の涙を拭きながら、当惑した気持になった。尚子がいうより先に、彼女は、市原の周囲にやや不調和な存在を気にしていたのだ。さりとて、北海道の官吏に嫁している妹をのぞけばただ一人のともかく頼りになる弟である彼をどう出来よう。幾枝は、俄に死んだ良人の心をうけつぎ代表する子供等という感じに打たれながら尚子をたしなめた。
「いそがしい中を親切から来て下すったのにかれこれいう人がありますか!」
三
葬儀をすまして帰りぎわにいい置いて行ったとおり、祐之助は三ヵ月ばかり経って上京した時、一枚の設計図を持って来た。彼は、故人が存生の頃どおり茶の間にあぐら[#「あぐら」に傍点]をかきながら、
「どうです」
と、巻いたワットマンをひろげた。
「いいだろう」
それは、荻村の墓の図案であった。祐之助は、生前故人をよろこばせられなかった代り、墓だけは自分にまかせてくれと、やかましくいって引受けたのであった。
彼は、ポケットからエ※[#「ワ」に濁点、1−7−82]・シャープを出し、
「よく御覧なさい、ここにほ
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