宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)直《すぐ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三人|同胞《きょうだい》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あした[#「あした」に傍点]学校でしょう
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        一

 幾枝はすっかり体を二重に曲げ、右の肱を膝にかって、良人の鼻の上に酸素吸入のカップを当てがっていた。病床の裾近いところに、行燈形のスタンドがともっている。その光りで、羽根布団の茶と緑の大模様がぼんやり浮き立って見えた。酸素瓶のバルブを動かしていた看護婦が、ささやきで夫人に注意した。
「もう、酸素があと一本しかございませんから……」
 母の陰に坐っていた尚子がそっと席を立った。
「――織田さんにいえばわかりますよ」
 尚子は、ふりわけにして下げたおさげをふさふさゆすって、直《すぐ》かえって来た。
「織田さんがちょっと来て下さいって……」
 幾枝は、病室を出て、茶の間に行った。離れの、薄暗い、薬品の匂いのこもった圧迫的な病室とは別世界のようにこちらは明るい。長火鉢の傍の卓子《テー
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