れは、荻村の臨終の翌日であった。彼は、居並んだ人々にせわしく一わたり頭をさげると、すぐ幾枝に遅参を詫びた。
「――実に驚きましたね、前から悪かったことなんぞちっとも知らなかったんだから、全く、嘘かと思った位だった。家におりゃこんな残念な目に合わないですんだんだが、ちょうど、悪い時には悪いことが重なるもんで、下関へ行っていましてね、停車場へ着換を出させてやっと駈けつけたという訳です、どうぞあしからず御容赦願います」
遺骸に敬意を表して座に戻ると、彼は、偉人の脳髄の目方は皆重いものだから、荻村のもかなりあるだろうなどと、声高に話した。
「さすが、何ですな、人格の出来ていた人だけに立派なもんですな、堂々たるもんだ。――先年英国へ行ったとき、シェクスピアの生れた村――ええと――何とかアボンっていったが、あすこへ行って現にシェクスピアが著作したという部屋を見たり、デス・マスクを見たりしましたが、いい記念ですな――」
彼は、思いついたように織田を呼んだ。
「――もちろん、ぬかりはないでしょうが――何ですか、マスクを取らせましたか」
織田は、丁寧に、しかし簡単に答えた。
「とりました」
「ああ
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