」
と哄笑した。その放蕩者らしい笑い声が書斎へ聴えないわけはなかった。けれども、荻村は、彼については一言も発せず、竹田に似たようで更に敏感さのこもった山水などを描いている。
幾枝は、そのいきさつについては、絶対に沈黙を守っていた。男達は面倒なものだ。――二十年近い結婚生活で、彼女は、良人の内的生活には容喙しきれないもののあるのを承知していたのだ。
荻村の健康は常から苦情がちであったが、風邪がこじれ、肺炎になった。一進一退しているうちに、酸素吸入が必要にまで至った。荻村は五十二歳であった。……
空になった湯呑を手のひらにのせ、幾枝は暫くすくんだようにしていた。が、時計を見ると、疲れた体を引立てるようにして立ち上った。
「――皆でくたびれちゃっても仕様がないから、下の者にも代り合って眠るように、あなた世話をやいて下さいな。――さ、弘もおねなさい。あした[#「あした」に傍点]学校でしょう」
幾枝は、建てましをしてからそこを城廓のようにして生活していた良人の書斎へ、暗い廊下づたいに戻った。
二
祐之助は、身辺に旋風の袋を持ってあるいているような勢いで入って来た。そ
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