でも、まだ一部の者は実力で争うという場合、戦争を想像している。けれども、こんにちの科学はイギリスの政治家が云っているとおりの事情になっている。――イギリスがソ連とたたかえば一週間で壊滅されるだろう。アメリカとたたかえば一ヵ月でイギリスはつぶれるだろう、と。――
 戦争というものは、第二次大戦を経たこんにちでは、世界においてますますその古くさい野蛮さと非条理とを明白にしている。その証拠には、こんど第二次大戦に勝った強大国が、負けた諸国と無関係に自分の国の内だけの繁栄をたのしんでいられない有様を見てもわかる。
 第一次大戦のとき、連合国の一つとして最も少い損害をうけたのはアメリカであった。第二次大戦で、最も僅かの人命を犠牲としたのはアメリカであったし、本土に襲撃を蒙らなかった唯一の国もアメリカであった。そのように比較的少い損傷でヨーロッパと東洋のファシズムとたたかい、それをうち倒したアメリカが、こんにちもっている諸問題の複雑さと大さとはどうだろう。国内的に国外的に決して解決に容易だといえない問題を両手いっぱい、膝の上にまでもっている。
 戦時中、軍需生産のために膨脹した生産能力を、同じに近い利潤を生むように運転して行こうとする努力、その一方では、それと矛盾して見える物価の高騰をふせぎ、インフレーションのおこることをおさえ、賃銀の安定のために企業家が利潤低減のさけがたいことを認めるようにと冷静な分別が求められている。ヨーロッパを救うという義務は、アメリカが全人民生活の安定を保ちながら、どこまで負担し、実現し得ることか、救世主めいた誇大な表現をさけよ、という声がきこえている(朝日ニュース)。しかし、その半面では西ヨーロッパと東ヨーロッパの対立を挑発し、また秘密計画Xと金権活躍を公言して、弱小国の人民の意志の買いしめを宣言して憚らない。
 現代の独占資本という魔ものがひきおこすあらゆる混乱と矛盾を、魔もののしきたりの下で解決しようと、そのために時間を稼ぐ一つの手段として、それをきいただけでも身の毛のよだつ戦争という脅しの大凧があげられているわけである。

 こういうわけだから、また次の戦争がおこるかもしれない恐怖の大凧を空中にユラユラさせながらも、その凧の糸を握っている人々は、風向きによって糸をどうくるかということは案外よく見ている。自分が凧にふきとばされないだけの用心をしながら、高く低くと風むきを利用しながら戦争挑発の凧糸をあやつっているともいえる。
 この恐怖の凧が、日本の空にも見えるようになりはじめてから、わたしたちの周囲には注目すべきさまざまの便乗現象がおこって来た。
 この次の機会にこそ、日本は漁夫の利をしめるか、さもなければ大漁祝いのわけ前にありついて、前回でものにしそこねた北や南での領土的野心をみたすことができるという潜行的な宣伝が行われている。あれこれと形をかえて、民間にはいりこんでいるもとの職業軍人や憲兵、ファシストのある種の人々は、ぐるりの青年たちにそういう教育をしみこませている。世界の様子もしらず、軍事教育で育てられて来た青年は汽車の中でそういう話もあり得ることのように喋っている。
 かくれたファシズムの力が、日本の安定をぐらつかせようとしていることは、こういう場合ばかりではない。平和をみだそうとしているものは、共産主義者その他の進歩的分子であるといういいかたさえあらわれた。満州事変以来、日本の侵略戦争に反対し、戦争によって人民の生活を悲惨にすることを拒絶しつづけて来たのが赤であったことは、憲兵や検事局がよく知っている。あいつは赤だ、という迷惑なレッテルは、どこの職場でも、「聖戦」に何か批評を加えるものにはられた。それが、いつの間にかさかさになって、世界のファシストたちが、平和をみだす軍国主義者は共産主義者だなどといいはじめたのはなぜだろう。共産主義者そのほか、人類社会が発展し幸福になるためには、社会生産の機構が資本の解放とともにもっと万人の幸福のためになるようにくみかえられなければならないと考える人々は、労働者にしろ学者にしろ、資本の独占の形や、それを守るための弱肉強食に賛成しない。それらの人々はあいかわらず、侵略戦争に反対しているし、戦争挑発流行の本体をすべての人にわからせて、しん[#「しん」に傍点]から人民の生活安定に必要な平和確保の実行が可能であることをわかりあおうとしている。
 一定の利害によって戦争挑発に従事している人々にとって、それは戦争中邪魔だったとおりに、いまも邪魔である。何とかして真面目に戦争をきらう人民から、そういう協力者をきりはなしたい。そのために、これらの人々は戦時中はもっていなかった輸入の知慧を役立てはじめた。どんな愚かな母でも、子供をおどかすのにはその子の一番きらうものをつかっておどか
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