す。そのて[#「て」に傍点]がつかわれている。いま日本のすべての男女にとって一番いやなのは戦争の不安である。したがって戦争の危険を濃くするのが共産主義者であるというまるでさかさな観念を根気よくふきこんでゆけば、戦争なんかたまるか、と思っている民衆は、だんだん共産主義者のいう事実を疑うようになり、ついには耳を傾けないようになるだろう。そうなれば、戦争挑発はまるでたやすいことである。昔アフリカに奴隷の市場と買われた奴隷をつみ出す港があった。そこから奴隷船が通っていた。そのように、日本という小さい貧しい島が、軍夫の島とさせられる可能がないとは云えない。――わたしたちがくれぐれも忘れてならないことは、そのアフリカの奴隷市、奴隷港でも、黒人奴隷売買の親方は同じ黒人の酋長や金持であったという事実である。
日本人民の運命には重大な危険がかくされている。それを念頭において今日の政治を観察し、ポツダム宣言に誓われた日本の民主化が巧妙に内外のファシズム勢力の増殖にすりかえられてゆく過程を注視すると、便乗というものの最悪の典型がそこに発見される。日本の小規模な独占資本は、より強大な国外の独占資本の利益追及に便乗してそのおかげで存続しつづけることに決心している。便乗というとき、より大きなそのときの勢力にこちらから出向いて行ってそれにひとくち乗せてもらう場合を考えるのがならわしとなっている。ところが、こんにち、日本の政治権力をにぎってはなさない独占資本の勢力は、便乗の新型を行っている。ミズリー号の上での調印と一緒に日本の土地にあがって来た勢力を迎えて、日本の旧勢力者たちもはじめのうちこそ日本の民主化のためにはこういうこともした、ああいうこともすると見せていた。それが、この頃では、目先の魚心と水心に結ばれて、より強大な独占資本がのぞむだけ自由勝手に日本の生産企業の中にくいこませ、本国におけると同じよりも多い利潤の吸い上げ場としての日本にすることを承知した。そのかわり、大規模な金と力で行うその作業に便乗して、原地の独占資本家たちである日本の資本家も、戦前に比べてより少いとは云えない利潤を吸いあげてゆく可能性を見出した。
国庫予算の中でも終戦処理費があまり厖大であるためにわれわれ人民は各種各様の課税にくるしんで来ている。その上に、昨今は取引高税その他日常生活に直接ひびく課税目録がふえた。脱税は重い刑でとりしまるとおびやかされている。政府は、日本の目下の状態として、やむを得ないと責任をさけるが、大きい男の肩にしょわせた包みの中にはちゃんと自分たちのとりまえがふくまれている。人民はしぼられっぱなしである。
人民生活をわだちにかけて、一握りの特権者が利慾をたくましくしようとしている国際的な便乗図絵は、無邪気な昔の人が目を見はった地獄図絵よりも偽善的である。地獄絵で、赤鬼、青鬼は金棒をもち、きばをむき、血の池地獄へ亡者どもをかりたてた。しかし、きょうの日本の便乗悪鬼は、鼻の下にチョビ髭をはやして外国語を話す紳士首相の姿をしていたり、さもなければ、でっぷり艷のいい二重顎にふとって、白いバラなどを胸にかざった党首としてあらわれたりしている。
言論・出版の自由は、世界の公約であるけれども、日本には用紙割当事務庁というところが新設されて、主務大臣の野溝は、もう地方新聞に紙はいまにいくらでもまわしてやると失言した。人民の公器であるラジオの民主化がいわれているうちに、政府は全く官僚統制の放送事業法案を議会に上程した。これらの言論・出版の自由の抑圧にしても、きょうでは、出版の民主化とかラジオの自由な発展とかいう表現に便乗して行われようとしているのである。
わたしたちは、なぜこのように執拗に、現代便乗図絵の詳細を追及しなければならないのだろうか。その答えはただ一つしかない。わたしたち人民は、人民生活をそのわだちにかけてころがってゆくどんな権力にも決して窮極的に便乗し得ることはないからである。人民が自身の力で国の独立と、生産や文化の確立をなしとげるために奮起しないかぎり、人民というものは搾取の対象でしかあり得ない。ほこりある日本の人民のするべきことは、便乗の可能のない人民である自分たちの立場にむしろ歓喜して、歴史のちりほこりにめげず、われら人民の世界に通じる道を着実にすすみゆくことである。
[#地付き]〔一九四八年九月〕
底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「光」
1948(昭和23)年9月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
青空文庫
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