たちに示されなかった。与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」と戦争の野蛮に抗議した詩は、文学史の上にさえ全文を現わさなかった。日露戦争当時、晶子がこの作品を発表したことを憤って大町桂月が大抗議したことがあった。「変目伝」の作者広津柳浪は、当時の文学者としては西欧風の心理主義作家であったが、ある作品で売国奴・非国民と罵られてから、そういう日本の文化感覚に対して自分の書く文学は無いと、以来、絶筆してしまった。「外科室」をかいた鏡花がお化けの世界へ逃避してしまった動機にも日本の軍国主義文化の圧力があった。
一つの戦争ごとに日本の社会全体が国際的接触をまし、日本の民草も、自分たちが資本主義をこやすかいば[#「かいば」に傍点]としての蒼生ではなくて、人民であり、生産者であり、その勤労からつむぎ出される生産の利潤で支配権力を養っている勤労階級の男女であるという事実を知ってきたことは、やむを得ないことであった。日本の資本が地球の果から果へ市場をあさり、スウィスの村道に日本製の自転車を走らせるようにしたそのことと切りはなせない現象であった。そして、そういう日本資本のひろがりを国威発揚と表現する方が便
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