けにえたる人民に、ファシズム戦争の本質を示そうとする者たちがあることなどはもってのほかである。「一億一心」「滅私奉公」「八紘一宇」のスローガンを、かりにも批判し分析する者は非国民とされ国賊とされ、赤とされた。そして、治安維持法と戦時特別取締法とが、大きい残虐な口をあいて、それらの人々を噛みくだいた。見せしめとして。人々の理性を、恐怖によって沈黙させるために。むかしの領主が、はりつけ[#「はりつけ」に傍点]を行ったとおり。『愛情はふる星の如く』の著者尾崎秀実の死はそのようにして強制された一つの例であった。
ところで、ここに、わたしたちが今日と明日との問題として深く自分にきいてみなければならない一つの心理がある。それは、今日『愛情はふる星の如く』をベスト・セラーズの一つとして推しているどっさりの読者が、ほんの三年前、日本が行いつつあったファシズムの戦争の本質をはっきりさせ、人民が大量に戦争へ狩り立てられることに対して、いくらかでも人間らしい抗争を示し、世界の反ファシズムの共同線につくべきだとした人々に対して果してどんな感情を抱いていただろう。戦争を野蛮な悲しいことだと思っている人でさえ、
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