間にもまれて見ると、彼がどんなに内心びっくりし、臆病になり、完全にファッシズムに降参してしまっているかが文章の間からうかがわれる。
賑やかで、何だか素晴しいようで、叫びや旗に満ちているのは満鉄付属地内だけだ。一度列車が、その外に出ると、そこにあるのは「無関心な、敵意も反抗もない真黒い無数の中国人」だ。
ファッシズム文化の特色である独善的な民族主義の立場から、筆者は「中国人の平気さにはあきれる」などというが、さすがに、時々はそこから「抵抗のない、無限の抵抗を感ずるのだ。たしかに中国人(!)は底の知れない深さと底力をもっている」ことに圧迫をうける。しかし、その中国人、正しくは中国のプロレタリアート・農民に対して、筆者をこめての武力的侵害者の一団が、どういう関係にあるかということは、一言もふれられていない。そこまで問題を切りこむ作家の人間的省察も階級的責任感もない。
それどころか、そもそも彼をして馬賊に面会させるに至った満蒙事件の、日本の帝国主義の経済的・政治的原因については一言の感想も説明も加えられていない。第三の満鉄讚美にいたっては、笑止千万である。この社会ファシストの代表は、満鉄
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