、それらがこの作者の特徴である色彩の濃い、体温のたかい感覚でかかれているので、たとえば「労働にまけるな。それが労働者の運命なんだよ」という川原の言葉を思い出してがんばろうと思う駒吉の気持も、気持としてのところに止まる感じである。この作品で作者がほとんど我知らず溢れさせている色調と感覚とは、年来の読者に馴染ぶかいものであるだけに、これからの成行が注目されるのである。

        努力の作品
          石川達三氏の「日蔭の村」

 府下西多摩郡の小河内村が東京市の貯水池となることに決定してから、今日工事に着手されるまで六ヵ年の間に、小河内村の村民の蒙った経済的・精神的な損害の甚だしさは、こういう場合にあり勝で、謂わば既に手おくれになってから一般人の注意をひくようになった。悲劇が終結したとき、はじめてそれが悲劇であったことが第三者の心の中に活きて立ち上って来るという現実の一つの例である。

 石川達三氏が『新潮』九月号に発表された「日蔭の村」は、小河内村の住民の永年に及んだ窮乏化と受けた偽瞞と最後の離散とを記録した小説である。一般の読者に漠然とながら用意された心持がある今日で
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