い者になるなるとは云いながら、小学の三年を終るまでに、四五年も掛った彼は、業を煮やして翌年の春から、もう学校へ行くことは止めてしまった。
 そして、彼の意見に従えば、出世の近路である馬車追いが、十三の彼の職業として選ばれたのである。
 イレンカトムは、単純に、息子が早く一人前の稼ぎ人になれることを喜んで、むしろ進んで賛成した。
 豊坊も、とうとう今度は立派な青年《ウペンクル》に成るのだ、馬車追いになるのだというような事を、彼一流の控え目勝な調子で触れ廻りながら、イレンカトムは、ほくほくしずにはいられなかった。いくら強情だとか、腕白だとか云っても、貴方達の十三の息子に、馬車追いの技《うで》がありますかというような、誇らしい心持にもなる。彼は嬉しまぎれに、空前の三円と云う大金を小遣に遣って、部落から三里ほど西の、町の馬車屋に棲み込ませた。
 豊は馬車屋に寝起きして、日に一度ずつその町から、イレンカトムの部落を通って、もう一つ彼方の町まで、客を乗せて往復するはずなのである。
 毎朝毎朝、眼を覚すや否や、飯もそこそこにして、豊坊の雄姿を楽しみに、往還へ出え出えしていた彼は、或る朝、彼方の山を廻
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