、それだけである。ただそれだけのために、イレンカトムは泣くようにして、山本さんにコロポックルを追払うに好い方法を教えて下さいと願って行ったのである。
山本さんも困った。どうしたら好いか分らない。まして彼に好意を持っている自分が、唯一の頼りある者として願われて見ると、なおさら困る。それだからといって、勿論、放って置くには忍びない。山本さんも考えずにはいられなかった。
イレンカトムは、まるで幾代か伝わって来た伝説の断面のような男であるのは山本さんも知っている。難かしい理窟で、自分の頭を支配する種類の人間ではない。いろいろな人にも聞き、考えもして、とうとう山本さんは、或る坊主が実験して成功したという一つの方法を思い出した。
そこで、イレンカトムを呼ぶと、山本さんは厳格な態度で、一包みの豆を彼の前に置いた。そして、次のようなことを話した。
「この紙包みの中には、豆が入っている。いいかね、豆が入っているんだよ。
ところで、今日お前が家へ帰ってコロポックルが来たら、先ずこれを見せて大きな声で、『これは何だか知ってるか?』と、訊いて見るんだ。そうすると、コロポックルの奴、きっと、『豆だ!』と云
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