れらしい物が見える。
薄すりと靄《もや》の掛った海の磯近くに、五六艘の船がズラリと並んで、人の立ち騒ぐ様子さえ見えるのだからイレンカトムも、これはそうに違いないと思い定めた。
そして、飛鳥のように岬の端の端の、もう一足で海へ陥りそうな処まで出ると、弦を鳴らしながら、大声を張り上げて、呪を浴せ掛け始めた。
自分達の昔の祖先の宝庫から、書物や書く物を盗み去ったばかりか、また来て何か悪業をしようというのか! 神の戦士の六つの弓、六つの矢にかけてただでは決して逃すまいぞ!
というようなことを叫びながら、手を振り躍り上って戦いを挑んだ。
けれども、義経の軍勢は一向に注意を向けようともしないで、さっさと沖合へ漕ぎ出して行く。自分の挑戦が侮辱されたと思ったから、イレンカトムはすっかり腹を立てた。
白髪を振り乱し、自分の胸を撃ちながら荒れ廻っている……と、熱くなった彼の耳にフト、
「豊やーい、豊やーい、豊坊が……」
何とか云う声が聞えた。彼が忘れたくても忘られない名にハッと注意を引かれて、傍を見ると、二人の知己《しりあい》が自分の帯際をしっかりと捕えて、足を踏張りながら、後へ後へと引っぱっ
前へ
次へ
全41ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング