りして、彼の云うことは信じられると共に、頭の調子の狂ってしまったのも認められない訳には行かぬ。部落では、イレンカトムという名の代りに、皆コロポックルの親父と云うように成った。
勿論、頭が悪いのは事実である。
けれども、彼は自分にコロポックルが現われる――訳の分らない声を聞き、言葉を聞くということは――決して普通なこととは思っていなかった。どうかして、そんなものから逃れたいと思わないことはない。
それだから、医者にも通い、薬も飲んだ。彼の心持は、死んだって、気が狂ったって俺のことはかまわないが、どうぞ豊に会って、渡す物を渡してからでありたかったのである。
豊とちょっとでも知己《ちかづき》の者に会う毎に豊からの便りはないかと訊く。どこにいるか知らないかと云う。
そして、日に一度ずつは、頭の上に附いて歩いて喋るコロポックルを叱りながら、彼方の小山に登って、遙かな往還を眺めた。
毎日毎日同じように馬車が馳け、犬が吼《ほ》え、自転車がキラキラところがって行く。
イレンカトムは、その他の何物をも見出すことは出来なかったのである。
ところが、或る朝早く、彼が炉で麦を炊いていると、例の
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