らせながら小燕のように走《か》けるときもある。
または、四五年前に豊がしたように、鞭を廻し廻し馬車を追って行く子供もある。
人が通り、車が通り、犬が馳ける……。けれども彼の待っている物は見えない。
実《まった》く、イレンカトムは、昼でも夜中でも、西側の小山の路へ、ヒョイとせり出しのように現われて来る唯一の、若い、美くしい頭を待ちに待っていたのである。
「飛んで来い」はいつも、きっと元の場所まで戻って来るときまっているだろうか?
けれども、イレンカトムは待っていた。そして、出た者は必ず戻って来ることを信じている。いつ戻って来るか? それは解らない。それだから、彼は絶えず、待[#「待」に傍点]ち、望[#「望」に傍点]んでいたのである。
T港で、豊の姿を見掛けたという噂だけを聞いて、イレンカトムの小屋は、雪に降り埋められる時候となった。
平常でさえ余り楽でない路を、雪に閉されてはどうすることも出来ない。
全く人間界から隔離されてしまった彼は、二十日に一度、一月に一度と、味噌や塩の買出しに降りるときだけ、僅かに人間の声を聞いて来るのである。
その一冬は、彼にとって、どんなに淋し
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