イレンカトムにとって、この小さい一員は、完くの光明である。
彼は、もう一生、自分の傍で自分のために生存してくれるはずの一人の子供を、確《しっ》かりと「俺がな童《わらし》」にした事によって、すっかり希望が出来たように見えた。
火に掛けた小鍋で、黄棟樹《ニガキ》の皮を煎じては、その豊《とよ》坊のクサをたでてやりながら、昔|譚《ばなし》をしたり、古謡を唱って聞せたりする。
大きな根っこから、ユラユラと立ち上る焔に、顔の半面を赤く輝やかせながら、笑ったり、唱ったりする大小の影が、ちょうど後の荒壁に、入道坊主のように写る。
それを見付けた黒が、唸る。
すると、豊坊がワイワイ云いながら、火の付いた枝を黒の鼻先へ押付ける。と、
キャン! と叫んで横飛びに逃げた様子がおかしいと云って、豊坊が転げ廻って笑う。
何がそんなにおかしいか、馬鹿奴、と云いながらイレンカトムの笑いも、ハッハッハッとこぼれ出す。
夜でも昼でも、年寄りの傍には、きっと小さい豊が馳けずり廻っていないことはない。
広い畑に出ているときでも、その附近にはきっと子供と黒がお供をしている。
日が出て、日が沈んで、日が出て日
前へ
次へ
全41ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング