、イレンカトムには一人も子供がなかった。
心配しながら家婦《カッケマット》も死んで、たった独りで、相当な年に成った彼は、そろそろ気が揉め出した。祖先から伝わった財産《たからもの》を、自分の代でめちゃめちゃにでもしようものなら、詫びる言葉もない不面目である。
自分がいざ死のうというときに、曾祖父、祖父、父と、護りに護って来た財物を譲るべき手がないという考えがイレンカトムを、一年一年と苦しめ始めた。
そこで彼はいろいろと考えた。
そして考えた末、誰でもがする通り、手蔓を手頼って、或る内地人の男の子を貰った。
何でも祖父の代までは由緒ある武士であった[#「であった」に傍点]という話と、頭こそクサだらけだが、なかなか丈夫そうな体付きと素速《すば》しこい眼付きが、イレンカトムの心を引いた。
その時、ようよう六つばかりだったその子は、お粥鍋《かゆなべ》を裏返しに被ったような頭の下に、こればかりは見事な眼を光らせて、涙もこぼさずに、ひどく年を取った新らしい父親に連れられて来た。
今まで、話相手もなくて、大きな炉辺にポツネンと、昼も夜もたった一匹の黒犬の顔ばかり見ていなければならなかった
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