《みいり》と、自分の畑のものを売った利益などで純農民は生計を立てて行かなければならない。
表面上は立派に自由の権利を持って居る様では有るけれ共、内実は、まるでロシアの農奴の少し良い位で地主の畑地を耕作して、身内からしぼり出した血と膏は大抵地主に吸いとられ、年貢に納め残した米、麦、又は甘藷、馬鈴薯、蕎麦粉《そばこ》などを主要な食料にして居るのである。
小半里離れた町方に彼等は主に地主を持って居た。この町はこの頃になって急に目覚ましい活動をはじめた町で、金銭の活動はにわかに、せわしくなって来ても依然として、それ等金銭をあつかうものの頭は、金銭につかわれる方なので、驚くほど物質的な、金《かね》にきたない町になって来た。
そのためこの四五年と云うもの只金ばかりに気を取られて居る町の地主等は、年貢米の一斤一合の事までひどくせめたてて、元《もと》、半俵位の事ならそうひどい事も云わず来年の分に廻しその補いに、野菜や麦を持って来させて居た自分等の心をあやしんでいるらしい様になって来たのである。
四五年つづく不作と、地主等の悲しい心変りによって苦しむ小作人は自分が小作人である事をつくづくと悲しが
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