ひと》が聞いたら笑う事に違いない。
 あんまり空想的な事だとは思うけれ共、両親の苦しめられると思う心がつのって小作の十八九の無分別な児《こ》が、鎌を持って待ちぶせたと云う事を聞いた事を思い出すと、何だかそんな気になるのである。
 他人《ひと》の身ばかりではなく自分自身にも、甚助の児が小くてよかったと思って居るのである。
 祖母は次の間に入って暫く箪笥の引出しを開けたりしめたりして居たが、出て来た時には手に帳面を持って居た。
 帳面を始めっから繰って見て渋い渋い顔をした祖母は、
[#ここから1字下げ]
「今度で十六俵だよ。
[#ここで字下げ終わり]
と云いながら、何とはなし重々しい様子で菊太の前に箱すずりとその帳面を置いた。
 菊太は幾度も幾度も頭をさげて、乾いた筆の先を歯でつぶしてうすい墨を少しつけて蚯蚓《みみず》の様な、消え消えな字をのたくらせて井出菊太と書いた下へ拇指を墨につけて印変りにする。
 その間、祖母は一言もきかず、菊太の前にしゃがんでのろのろと動く手先から、まっ黒になった指を腰の手拭にこすりつけるまで見つめて居る。
 書き終えて祖母の前に出すと一通り見てから、
[#ここか
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