。
ここいらでは東京弁を使う人には一種異った感じを持つ様な調子の村なので句切り句切りのはっきりした少し荒い様な東京弁は、小作人などの耳には、妙に更《あらた》まる気持を起させるのであった。
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「来年きっとなすなすと云って今までに十五俵も貸してあるじゃないかねえ。
あの上積っては、とうてい返せるものではないにきまって居る。そんな馬鹿な事は出来ない。いくら私が年寄りでも斯うして居るからには踏みつけられては居られ無い。
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祖母はいろいろと強い事を云う。
田地を取りあげるとか、返せなかった時にはどうするとか云うけれ共、菊太は只、哀願を続けるばっかりである。
私は、祖母の意地の悪い、菊太を眼下に見る様な様子を見ると菊太の子供等がこれを見た時の気持を想像した。
自分の父親は、女年寄の前に頭を下げてたのんで居ると相手は、つけつけと取り合わない様にして居るのを見たら、訳もなく、女は己《おれ》より目下なもの、弱いものと云う感じを持って居る子供等は、どんなににくらしい気持になるだろう。私は菊太の男の子に十三より上のがないと云うのが何だか心安い。他人《
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