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「御隠居様、
 御年貢の分だけは、はあどうにか斯うにか取りましただハイ。
 それは確なことでやす。
 けんど貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]者は、いつでも貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]でなし、
 御年貢は取れてもはあ、去年の鬼奴《おにめ》がまだついてやすでな。
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 祖母はだまって居る。
 鶏も鳴かない静かな中にパチンパチンと乾いた「くるみ」のからの破れる音が澄んで響いて居る。
 菊太は私を見た眼をすぐ祖母にうつして又云い続ける。
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「去年は草取頃に、婆様にはあ逝《い》かれて、米と桶の銭を島の伯父家《おじげ》に借りさあ行って事《こと》うすましやした。悪い時にゃあ悪い事べえ続くもんで、その秋にゃ娘っ子が死にやしたかんない。
 今年は今年で、お鳥(女房の名)が指さあ、張《は》れもの出来《でか》して、岩佐様さあ七十日がな通いましただ。
 鎌で切った処さあ悪いものが入ったそうで、切って二針三針縫って膏薬くれたばかりで御隠居様、有りもしねえ銭十両がな取られやした。
 少し金があればはれもの出来したり、不幸が続いたりしやし
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