いつくしてから、
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「けど、己《おら》の田はいい方なんだっし、
御年貢だけはありやすかんない。
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と云うのである。
それを云うまでにも口がよくもとらないのでどもったり、「ウウーウ」と云ったりする間と、茶を飲み、煙草を吸う時間が加わるので、それだけでもう、大抵の人間は聞き疲れて仕舞う。
大きな声で話すのならそうでもないだろうけれ共、低い低い声でうめく様に云うのだから、聴くものの気がめ入る様に陰気になって来る。
それが此の男のねらい処である。自分が、口がうまく廻らない話下手だと知ってからは、いつでも聞手の泣きそうになるまで、クドクドと何か云ってききあきて五月蠅《うるさく》なって来るのを見すまして本意を吐くのが常であった。
祖母はもうききあきて来る。
始めの中《うち》は煙草の火などを出してやった下女も、もう前の庭で草の手入を始め、祖母も聞いて居ない様な顔をして「くるみ」を破《わ》っては小さいかごにためて居る。只、今の処は私ばかりが菊太の忠実な聞手である。菊太をつくづく見たいばっかり、知りたいばっかりに私は一言《ひとこと》も口は利かない
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