る。三尺ほど高く床が張ってあって、縁《へり》なしの踏む後《あと》からへこんで、合わせ目から虫の這い出そうなボコボコの畳が黒く八畳ほど敷いてある。燃木《たきぎ》の火花が散ってか、大小の焼っこげがお化けの眼玉の様にポカポカとあいて居る。
 上《あが》り框《がまち》に近い方に大きく切った炉には「ほだ」がチロチロと燃えて、えがらっぽい灰色の煙が高い処をおよいで居る。畳の隅の「みかん箱」の様なものの上に、水銀のはげた鏡と、栂のとき櫛の、歯の所々《ところどころ》かけたのがめっかちのお婆さんの様にみっともなく、きたなくころがって居る。
 壁に張った絵紙を大方はその色さえ見分けのつかないほどにくすぶって仕舞って居て、片方ほか閉めてない戸棚から夜着の、汚いのがはみ出て居るわきの壁には見覚えのある高貴の御方の絵像が、黄ろく、ぼろぼろに張りついて居るのである。
 家中見廻して何一つこれぞと云うほどのものもない、洞の様な、このがらんどうで、到る処に貧《ひん》のかげの差しただようて居るこの家の様子は私が始めて見る――斯う云う家、斯う云う生活もあるものかと思ったこの家の中に、色のやけてやせこけた、声ばかり驚くほど
前へ 次へ
全109ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング