、電車に幾度か「きも」も消して、何の得る処もなく、
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「いやはあ、東京ちゅう処は、はあ偉えこんだよ。
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と帰って行く。耳のそばで十《とお》の金だらいを一時にたたかれた様なガーンとした気持で帰って行くのである。そうしてする土産話は、にぎやかな派手な自動車の事や、三越で何百円とする帯を買って居た奥様の話ばかりである。
 雑誌は雑誌で、一文なしで上京して大臣の椅子を占めた人の話や、苦学して博士になった人の話やが山ほどある。若い者の奮発心を起すにはこの上ない事ではあるが、一文なしで上京して大臣になった人などは、大抵維新の時にそのきわどい運命の瀬に立った人ばかりである。義務教育をすましたばかりの若者の頭には時代と云う考えがない。すっかり秩序的になった今の世の中を維新当時とごたまぜにして居る。そして、自分も大望を抱いて東京へ飛出しは飛出しても、半年位後にはやせてしおしおと帰って来るか、帰るにも帰れない仕儀になったものは諸々方々に就職口をさがしあぐんだ末、故郷の人に会わされない様なみじめな仕事でも、生きるためにしなければならなくなる。
 東京を一寸も見た
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