「どうで――ぬくうなったで安気なやろ」
庄平は、猫背になって首を前へつき出し、造作の大きな顔の中で眼玉を気むずかしげに左右に動かしている。重蔵の挨拶には何とも答えない。
重蔵は一服吸いつけてから、坂口に向って云った。
「この頃はじょうし茂一の店へおいでるそうじぁないけ」
「……そうもいかん」
「どうで――大分儲かりよったか?」
薄|痘痕《あばた》をその間にかくしているような皺の多い面長な重蔵の顔には笑いが浮んでいる。七十を越えても全身の構えに油断なさが漲りわたっているこの重蔵に比べると、十も年下の坂口の近頃の肩の落ち工合がまざまざとわかる。坂口は重蔵の笑い顔に溢れている嘲弄を感じる余裕もない様子で、声を低め、
「――こんどは、醤油屋が儲けよった」
とまた真面目に繰返した。
「醤油屋?――どこの……」
するとおさやが、どういうわけだかこのとき、少し怒ったような声を出して、
「飯田どすがな!」
と説明した。
「ふーん。あすこ、そんなに持っちょるか?」
「持っちょる!」
しばらくそれなり皆が黙っていた。やがて重蔵が煙草の吸い殼をおとしながら、
「坂口はん、あんた、ひとの儲けた話ば
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