かり数えておいでるが、自分が儲けなんじゃ仕様がないやないか」
 瀬戸ものの総入歯の不自然な歯並びを見せて、おさやに目配せするように笑った。自分の富に対する揺がぬ自信と、世の中のけわしい貧富の流れの間から何を掴んで来るかを心得た地主の笑いかたである。大正七八年の恐慌で庄平の一家が初めて倒産に瀕したとき、ともかく店を続けさせたのは坂口であった。その金にはもとより利がついた。それから二十年近い歳月は、その頃どこか北海道の方にいた重蔵を世間の表に浮き上らせ、坂口を次第に寒げなこの世の横丁の方へと追いはじめている。
 これから失うものはもう手足の働きで決してとり戻せない年になって俄に株にこり出した坂口の姿は、みるたびおさやの心に恐怖に似た感情をかき立てるのであったが、その一方に、怖いもの見たさのような気持もある。唖の息子一人を持っていて、三十越して嫁もないその唖息子が金銭出納の帳簿をふりまわし、やがては鍬をふりあげて、株ですりつづける親父を追っかけまわすという有様を想ってぞっとしながら、不思議な力にひきつけられて、その悲惨な過程を一つあまさず目に入れたいような気も心のどこかに働くのである。
 こ
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