口の爺が声をおとしてそう云ったのにつりこまれて、おさやも低い声になって訊きかえした。
「飯田どすか?」
合点をして、
「今度で小一万はたしかに儲けちょる」
おさやは、上被の合わせ目に片手をさし入れてちょっと沈思する顔つきであった。が、それ以上何も云わず、やっとせ、と声に出して店の畳へ上り、襖際によせて置いてある荒れた事務机の前へ座った。その様子を今度は下目で床の中から眺めていた庄平が、
「ヤイ」
喉からの力の失われている声で呼んだ。
「ヤイ……来て」
「何どす? しいどすか?」
「ここがいけん」
「どこがいけません?」
「ここ、ここ」
「あんたもう大分|臥《ね》てじゃけ、ちいと起しましょう、な? 臥てばかりおってもなかなか御苦労なこっちゃけ、のうお父はん」
立って来たお縫も、力をあわせ、女二人がかりで大きな庄平の上体を抱え起して背中に坐椅子をあてがった。
「この布団入れときますか」
「やっぱりその方が楽にあろ」
油単をなおした大紋付の掛布団を丸めて、坐椅子と庄平の背中との間に挾んだ。そうして置いて立とうとするおさやを、庄平は自分の膝を叩くようにしてとめた。
「ここにいて――」
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