に考えず暮しているのであった。
うしろから陽をうけて、紺セルの上被《うわっぱ》りの肩や後毛のさきについたこまかいごみを目立たせながら、おさやが店の土間へ入って来た。店の畳の上にいる坂口の爺さんには別に挨拶もせず、活動的な調子を張って、
「お縫さ、お縫さ」
と奥へ向って呼んだ。
「これ、晩に和えようじゃあるまいか、懸けといてつかあせ」
持って来たちさ[#「ちさ」に傍点]の籠をお縫にわたした。そして、
「どうでござんす。いいところ儲かっちょりますか」
と、坂口の爺さんの蹲っている横に来て腰をおろした。声のなかには、儲かっちゃいますまいが、と真摯な警告の調子もこもっているのであった。永年女手一つで店をまかない、生活の苦労とたたかって来ている悧発な鋭い眼ざしでおさやは坂口の爺さんを見た。
坂口は、乾いた掌で胡麻塩髯の生えた顔を一撫でした。そしておもむろに、
「――こんどは、醤油屋がしっかり儲けよった」
と云った。
「よっぽどつかみよったに違いない」
おさやの、抜目ないあから顔に覚えず誘い出された好奇心が動いた。
「醤油屋た、どの?」
「そこの――醤油屋じゃが……」
どういうわけだか坂
前へ
次へ
全37ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング