した面持のまま罫紙を畳の上からとりあげ、自分も体を起し、それを懐にしまって、隣りの部屋へいって、ラジオを消した。庄平が、また枕の上から白眼の目立つ上目で見上げたが、坂口の爺は二十年来のその組合仲間に声もかけず、それなり店の方へ出て行った。小柄な爺の体が運ばれるだけでも庄平の寝ている畳は一足ごとにひどく軋んだ。そこら一帯は田圃の埋立て地でたださえ地盤がゆるい上、線路が近くて、汽車の通るたんびに土台からゆすられる。この家も、つい先頃まではいつ競売になるかもしれない状態で十五年間住み荒されて来ているのであった。
坂口の爺さんは店へ出たが、すぐ帰るのでもない。煉炭火鉢へあっち向きに蹲んで、うまくもなさそうに煙草をふかしている。
けたたましく警笛をならしながら、乗合自動車が白い埃を巻きあげて通りすぎた。濛々《もうもう》とした埃はだんだんしずまって行きながら店のガラス戸にぶつかり、明るい昼過ぎの日光に舞いつつ土間へも入って来る。この往還は国道だが、幅は四五間しかない。定期がとおるようになってこのかた、塵埃と泥濘のしぶきとは容赦なくどこの家のガラス戸にもこびりついた。家々はそれを拭くことなどを別
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