ある」
と云った。
「坂口はん、知っとってじゃないんでありますか」
「知らんの」
「反古《ほご》とちがうのか?」
正一が気味わるそうな指つきで、その一応は印刷になっている株券をつまみあげたので、皆が笑い出した。おさやは改めてそれを手に取って眺めた。
「本当に値うちのあるもんやったら、なんぼ警察やて、半年も放りこんでとりあげちゃ置きやすまい。株屋は、つかまりよったんか?」
「つかまっちゃおらん」
「今は憲兵隊になっちょります」
と直二が生真面目に持前の大声で云ったので、又、笑った。坂口の爺をひっかけて、初め二百円程儲けさせ、千円ばかり出させた株屋が、現金の代り、今取引しかかっているのだがあなたが是非今日と云うならばと、その建鉄株を現金に相当な額面だけよこして、翌日はその店から行方を晦《くら》ましてしまった。何か犯罪があるということで、坂口が渡された株券は証拠物件として半年も警察にとりあげられていたのであった。
正一が、
「うっかりすると、坂口はん首つらんならんようになる」
と云った。
「夕方、下屯田をひょっこひょっこ歩きよった」
「茂一の店へゆきよってのじゃろ」
真偽の知れない株券
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