りません」
 黙っていた直二が、その時突然大きい声でそう云った。
「おお、そうそう」
 思い出しておさやが、
「さっき組合から、米を出すちゅうて来よった。一俵三銭じゃ行くますまいと云うといたが――」
と云った。
「ガソリンがこう上っちゃ、運賃も上げにゃならんが、鉄道運賃が居据りじゃけに、きついなあ」
 おさやは、辛辣なところのある口調で、
「上田じゃ儲《もうか》りよって儲りよって困るじゃろ」
と笑った。上田は「日石」のこの地方唯一の特約店で、海軍工廠へも上田の店からでなければ重油が入らないのであった。
「おかあん、あした局へ行くで――」
「そいじゃ、見とかにゃ」
 箪笥の引出しをあけて、おさやは白木綿の包みやら、庄平の恩給証書を出した。ついでに、
「こりゃ、どんなもんじゃろ」
 一枚の株券を正一たちの前へ見せた。
「何であります?」
「坂口はんのや――警察に押えられてあったの、ようようかえして貰うたんじゃと、どういうもんか調べてくれと置いて行きよったんじゃが」
「これ、何で――その建鉄会社ちゅうの――」
「分らん」
 直二が、兄のわきから口を尖らしてのぞき込みながら、
「五拾円と書いて
前へ 次へ
全37ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング