のまだ知らない東京の生活や一年に一二度映画で見る外国の街での若い人々の生活や、少くともここのまわりの毎日とはちがった華やかで甘美な気分への憧れ心を刺戟した。お縫は東京暮しをすることが自分の生涯にあろうと思っていなかった。まして外国なんか。だから一層そういう憧れ心はお縫にとってただ心持よいだけのものとして感じられるのである。――今夜は茶わんを洗いながら、やかましい三味線をきいていて不図これまで思いもしなかった或ことに気がついて、お縫はひそかに正一にすまないように感じた。何故なら親たちと一緒に正一が洋楽を好かないのを、お縫はずっと只頑固なのかと思ってもいたし、少し意地わるく、若しかしたらわざと猫をかぶっているのかしらとも思わないでもなかった。兵隊に行っていて、その二年間は都会の空気の中で暮して来た正一が、ジャズなんか好きになってかえったとしれると、その間に小遣いなんか送らせた理由も勘づかれ、面倒になるから跋《ばつ》を合わせているのかと思った。けれど、もし正一の洋楽をきらう心持が別のことからだったらどうであろう。洋楽をきくと自分と同じに心持を動かされ、しかも、少しはこういう辺鄙な村にはない生
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