湯へおいり」
 正一が湯上りの若々しい胸の上に素っぽこ袷をいいかげんに着て、片足で黒メリンスの兵児帯を蹴りながら腰へからみつけつつ中の間へ出て来た時、後へのこって車を掃除し、車庫の戸じまりまでひとりで終った弟の直二が入って来た。
「かえりました」
「どうする? すぐお湯にいるか?」
「――腹が減ってやりきれん」
 おさやは、ついそこに長まっているのに、弾みのある高声で、
「正ちゃん、正ちゃん」
と呼びたてた。
「はよ御飯にしよ。直はお湯はあとまわしじゃと」
 ポンプのところで手だけ洗った直二が、頸のまわりの手拭をはずして拭きながら、
「わしはここでええ。面倒じゃけ」
 土間から腰かけを引っぱって来て、七輪のおいてある縁側に向って陣どった。正一は、大きくあぐらをかいて、長男らしく畳の上の餉台に向った。
 おさやは、湯気の立つめばる[#「めばる」に傍点]の汁をよそってやりながら、
「どうじゃった、長瀬へもまわれたか?」ときいた。
「ああ。二度往復した」
「十四円じゃろ」
「ああ」
「――あしたは日てえ上田じゃ、電話よこしよった」
「ふーん」
 十九になったばかりの直二は、泥だらけのオバオー
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