うようにもあるが……」
遠くの角で聞えたクラクソンにつられて、お縫が店先へ見に出た時、一台の乗用がもう暗くて見えない砂塵を捲きあげながら村道を走りすぎた。
「まアええ。きょうはどうで八時じゃろ」
夕飯の仕度はすっかり出来あがって、土間は六畳から射す鈍い光に照らし出されている。トラックを運転して働きに出ている二人の息子達が戻らないうちは、晩飯にしなかった。二人より先にお縫に湯に入れというものもないのである。
待たれていたトラックが表で止ったのは、八時も少しまわった刻限であった。
「かえった!」
おさやは、片ひざ立ちかけながら声を大きくして庄平に告げた。
「お父はん、車が戻りましたで」
庄平は、低くおろした電燈の前で、先刻から落付かない眼くばりを表の気配に向けていたのであったが、おさやがそういうと、深々と首をうなずけ、いかにも嬉しそうに声を出さずに笑顔になった。大きく口をあけ、顔を仰向けるようにして笑うのであったが、笑いの輝やいているのは瞳だけで、その口元は泣くようにも見えるのであった。
「只今かえりました」
オバオール姿の正一が、軍手をぬぎながら土間へ入って来た。
「さ、すぐ
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