ある。そして実行されるのはその万が一だけにしろ、生活には現実と空想のいれまじった不安な期待がそよいでいる。
庄平は、稼がにゃならん、お前らも儲けてもらわにゃ、と二人の若い息子を励まし追い立てるようにして、装《なり》ふりかまわぬ暮しである。一文の損もしない才覚で通すかと云えば、そこはやはり庄平も国広屋の一族で、使っている男にこれまでも幾度か金をつかいこまれた。庄平は、商売上にも伍長の口癖で「作戦アリ」という気象であった。金を使いこまれたりすると店の前に人だかりのするほど荒れた。それでいて、その男が頃合いを計って前へ出て、庄平のいわゆる潔《いさぎよ》い謝りかたをすると、忽ち機嫌を直して、飯を振舞った上酒まで呑ました。
五年前倒れて床につくようになってから、庄平は次第に無くちになった。いつとなし店のきりもりはおさやが主にした。庄平の床は家の中心のようなところにとってあって、そこから左の襖越しに店が見わたせるし、右の襖越しには裏が見わたせた。その店さきから裏までを一日のうち何十度か休む間もなく梭のように働くおさやの紺上っぱりの姿を、庄平はどんよりしながら意地のぬけきらない眼差しで追って暮し
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