ードでついて行くことは至極むずかしい。おそろしい注意と緊張ぶりで、頸根っこに力を入れているのではあるが、やっと日本鉱業百二十七と書いて、まだ円二十銭迄とは書き込まないうち、ラジオはもう次へ進んで日石《にっせき》、百〇三円四十銭、三十銭やすと叫んでいる。
 一度二度とそういうことがだんだんとたまると、もう坂口の爺さんは一層ぺったり紙の上へつくばって、鉛筆をもっている肱を畳につけたまま身動きしなかった。その姿は、そうやって平たくなっている自分の上を、今、金が急流をなして走って行く、だがその奔流の勢は余り激しくって手が出せないし、そんな下の方まではこぼれて来るものでもないことを観念しているのだと、語っているようなふうに見える。何となし猛烈な感じを与えるそのひとしきりが過ぎると、坂口の爺さんの手は再びたどたどと動き出して、三つ四つの書きこみを加えるのであるが、その書きこみは、違った呼名の下に違った数字で書かれてゆくことも珍しくはないのである。
 この地方の家々は、村の狭い往来に向って店の土間から裏口までをぶっこ抜いて、細長い土間に貫かれていた。庄平の店の右手の低い板敷には、肥料・米俵・糠俵・煙
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