繁に白足袋をはいた順平が、半時間でゆける小都会の夜の明るさへ運搬されるようなことになった。その借財もある。そこへ大正七八年の大恐慌が最後の破綻を与えた。庄平はその時分、今順平のいる村の本家に商売していたのだったが、その破滅から国広屋を立て直そうと勢猛に、弟と入れかわって停車場の村へのり出した。
 順平が選挙運動にかかわりあったり、土地の仲介をしたり、一定の職業のない村での旦那暮しをはじめたのはそれからのことである。順平に云わせれば、こんな眠った村で、することがないのであった。そういう順平を庄平は、働く堅気な心がないからだと判断した。そして、互に気ごころの喰いちがったまずい衝突が捲きおこされて、それには自然どちらの一家も家じゅうが影響されるのであったが、順平はそういうとき、ほっとした口元で華奢な指にはさんだ敷島の煙をふきながら、妻や息子娘たちを自分のまわりにあつめて云った。
「どだい、お母はんと兄貴とは十八のときからわしをどう扱った。宮の森に養子に行かせて、戻したと思えば、折角一旗あげようと大阪まで出ているところを、わいわい云うてもどしよる。そらどこへ使にゆけ、ここへゆけ。困ると、わしを
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