いの声で叫んでみる。
「オオオオイ……」
 むこうのむこうーの雲の中から、誰かが返事をする。
「オーイッ!」
「オオオオオイ……」
「オオオイ」
「オ……」
 俺ら飛びてえなあ……
 あの高けえ山のあっちゃの国、
 夢にさえ見たことのない世界に生きているたくさんの、たくさんのもの。
 子供の空想は、折々彼の頭を掠めて飛んで行く小鳥の翼にのって、果もなく恍惚として拡がって行くのである。
 やがて、日がだんだん山に近くなって、天地が橙《だいだい》色に霞み山々の緑が薄い鳩羽色で包まれかけると、六は落日に体中照り出されながら、来たとは反対の側から山を下りる。
 そして、菫《すみれ》が咲き、清水が湧き出す小溝には沢蟹の這いまわるあの新道を野道へ抜けてブラブラと、彼の塒《ねぐら》に帰るのであった。
 町ではこの一ヵ月ほど前から、――町架空索道株式会社というものが新しく組織されて、町外れに、停留場とでもいうのか、索道の運転を司りながら、貨物の世話をするところを建てていた。
 三里ほど山中の、至って交通の不便な部落から、切石、鉱石、蒔炭の類を産するので、町への搬出を手軽く出来るように、町からそっちへ売
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