ても山は美しい。
 面白いもので一杯にはなっているけれども、彼の一番お気に入りなのは、元二人の姉達がいた時分春になるとは松ぼっくりを拾いに来たことのある館《たて》の山である。一吹風が渡るとたくさんなたくさんな松の葉が山のしんからそよぎ出すように、あの一種特別な音をたてて鳴りわたるのを聞きながら、蕗《ふき》の薹《とう》のゾックリ出た草地に足を投げ出して、あたりを見はらすのが、六にとって何よりの楽しみなのである。
「きれえだんなあ……
 何ちゅう可愛《めん》げえんだべ、俺ら……」
 高い山から眺める下界の景色は、ほんとに綺麗である。そしてほんとに可愛らしい。
 何もかもが小さくちょびんとまとまって、行儀よく、ぶつかりもせず離れすぎもしないように並んでいる。
 昔々ずうっと大昔、まだ人間が毛むくじゃらで、猫のような尻尾を持っていた時分に――部落の年寄達はきっとこういう言葉を使った。――巨人が退屈まぎれに造ったのだというS山を正面に、それから左右に拡がって次第次第に高く立派になっている山並みに囲まれた盆地のところどころには、緑色をたっぷり含ませた刷毛《はけ》をシュッ、シュッ、シュッと二三度で出
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