し始めた。
 久振りでいい味がする。
 後から差す日は、ポカポカと体中に行き渡って、手足や瞼が甘えるように気怠るくなる。
 見わたすと、彼方の湯元から立ち昇る湯気が、周囲の金茶色の木立ちの根元から梢へとほの白く這い上って、溶けかかる霜柱が日かげの叢で水晶のように光って見える。
 仲間達の喋る声、鍬の刃に石のあたる高い響などが、皆楽しそうに聞えて来る。
 禰宜様宮田は、何ともいえずのびのびとした心持になって来るとともに、また自分の心の奥にある露の雫のようなものへ、自分のあらいざらいが吸いこまれて行くような気がし出した。
 ぼんやり眺めている眼には、すべての物象が一面に模糊としたうちに、微かな色彩が浮動しているように見え、いろいろの音響は何の意味も感じさせないで、ただ耳の入口を通りすぎる。
 深い深い水底へ沈んで行く小石のように、まっすぐにそろそろと自分の心の底へ彼の全部が澱《よど》んで行ったのである。
 皆の者は、ガヤガヤ云いながらロールを動かして来た。柄を引き上げて、一列に並んだ者達は両手はブラブラさせながら、てんでんの胸で押していたのである。
 けれども、微かな勾配で自然に勢のついた
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