ロールは、押すというほどの力を加えられないでも、自分で軽く動いて行く。
このカーブさえ曲れば、もうお終いだという心の緩みと、労力の費されない気安さとで、下らないお喋りに有頂天になっている者達の胸は、ただ義務的に柄に触れているというに過ぎなかった。
まるで生物《いきもの》のようによく転るロールについて、人々が今、カーブを廻りきろうとしたときである。
突然怯えきった絶叫が、仲間の中から起った。
「アッ! 人! 人!![#「!!」は横1文字、1−8−75]」
ハッとたじろぐ瞬間、抑えてもないロールの柄は彼等の胸から離れた。
コロコロコロ……
一層惰力のついたロールは、
「石! 早く石、石早く突支《つつけ》え!」
と云う叫びがまだ唇を離れないうちに、今の今まで見えていた人の寝姿を押し隠して、陰気に重々しく二三度ゴロッ、ゴロッと揺り返した。
そして、もうそれっきり動く様子は見えなかった。
六
恐ろしい冬が過ぎた。
ほどよい雨と照りが地の底から生気を盛返させて、どこからどこまで美しく蘇返った。
お玉杓子《たまじゃくし》が湧き、ちゃくとり――油虫の成虫――が
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