い。
 が、しかし……
 何だか気になってたまらない彼は、煙管《きせる》を持った手を後で組み、継ぎはぎのチャンチャンの背を丸めて、堤沿いにソロソロと歩き出した。
「オーイ、誰《だんか》来てくんろよ――オーイ」
 近所の桃林で働いていた三人の百姓は、びっくりして仕事の手を止めた。
「オーイ来てくんろよ――沼だぞ――」
「あら、オイ禰宜様の声でねえけえ?」
 彼等が沼地へ馳けつけたときには、真裸体《まっぱだか》の禰宜様宮田が、着物の明いているところじゅうから水が入って、ブクブクとまるで水袋のようになっている若い男を、やっとのことで傍の乾いた草の上まで引きずり上げたところであった。
 背が低くて、力持ちでない禰宜様が助け上げたのが不思議なくらい、若者は縦にも横にも大男である。
 が、もうすっかり弱りきっている。
 心臓の鼓動は微かながら続いているから、生きてはいるのだが、見るも恐ろしいような形相をして絶息している。
 もう一刻の猶予もされない。
 水を吐かせ、暖め摩擦し、そのときそこで出来るだけの手当がほどこされたのである。
 ここいらの百姓などとは身分の違う人と見えて、労働などは思ってみた
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