のりと霞んだような状態に入って行ったのである。
それからやや暫く立ってから、彼はフトもとの心持に戻った。どのくらい時が過ぎたか分らない。
禰宜様宮田は、ついうっかりしていた竿を上げてみた。餌ばかりさらわれて、虫けら一匹かかってはいない針が、きまり悪そうに瞬きながら上って来た。
彼はもう何だか、わざわざ切角こうやって生きている蚯蚓《みみず》の命まで奪って僅かばかりの小魚を釣るにも及ばないような心持になって、草の上に針を投げ出すと、そのまま煙草をふかし始めた。
さっきまでは居る影さえしなかった鳶《とんび》が、いつの間にかすぐ目の前で五六度|圏《わ》を描いて舞ったかと思うと、サッと傍の葦間へ下りてしまう。
キ……キッキ……
微かな声が聞えて来る。
「はて、小鳥でもはあ狙われたけえ……」
葦叢《あしむら》をのぞき込むようにして膝行《いざり》出た禰宜様宮田の目には、フト遠い、ズーッと遙かな水の上に、何だか奇妙なものがあがいているのが写った。
鳥でもないし、木片でもない。
「今《えま》時分人でもあんめえし……」
浮藻に波の影が差しているのだろうと思って見ると、そう見えないこともな
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