かの間茂って立派だった森も、巣くっていた鳥共も、草もきのこも何も彼も、皆無くなしてしまったところへ、あんな古ぼけた一台や二台の自動車が馳けて行くからといって……そこにどんなにいいことがあるのだろう。
禰宜様宮田は、人があまり損得に夢中になっているので、却って上気《のぼ》せ上って自分にははっきり分る損得を、逆に取り違えているのではあるまいかなどとも想う。けれども、もちろん口に出しては一口も云う彼ではない。黙ってまるで蟻のように働く禰宜様宮田は、寄り集り者の仲間から、あっぱの宮田――唖《おし》の宮田――という綽名をつけられて、心さえ持ってはいない機械《からくり》、ちいっとばっか工合のええ機械のように、ただ泥づかりになって働くほか能のない人間だと思われていたのである。
森がだんだん開けて来る頃から、そろそろ冬籠りの季節になって来て、雪などに降りこめられた禰宜様宮田が町から請負って来た粗末な笊《ざる》だの蚕籠だのを編んだりするようになると、例年の通り町から、紡績工女募集の勧誘員が、部落の家々を戸別に訪問しはじめた。
紡績工場やモスリン工場へ、まだ十に手が届くか届かないような子まで、十年十
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