開拓が、いよいよ実行されることになった。
町の附近にあるK温泉へ、今までは危い坂道で俥も通れなかったのを、今度その反対の側の森を切り開いて、自動車の楽に通る路をつけようというのである。
募集された人夫の一人となった禰宜様宮田は、先ず森の伐採から着手することになった。白土運びをするより賃銭も高し、切り倒した樹木の小枝ぐらいは貰っても来られるという利益があったのである。
深く、暗く、鬱蒼《うっそう》として茂りに茂っている森は、次第次第に開けるにつれて粗雑にばかりなって来た町に、まったく唯一の尊い太古の遺物であった。
すべてがここでは幸福であった。
たくさんの鳥共も、這いまわる小虫等も、また春から秋にかけて、積った落葉の柔かく湿った懐から生れ出す、数知れない色と形の「きのこ」も差し交した枝々に守られて各自の生きられるだけの命を、喜び楽しむことが出来ていたのである。
けれども、にわかに荒くれた、彼等の仲間ではこんなに無慈悲で、不作法なものはなかった人間どもが、昔ながらの「仕合わせの領内」へ闖入《ちんにゅう》して来た。
そして大きな斧が容赦なく片端《かたっぱ》しから振われ始めたので
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